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中国の登記当局における資本金粉飾対策の強化と役員登記強制抹消への協力的な姿勢

2025-03-07/ 弁護士コラム/ 弁護士 姜雨潤

20241220日、中国の商業登記を管轄する国家市場監督管理総局(旧工商総局。日本の法務省に相当)は、「会社登記管理実施弁法」(国家市場監督管理総局令第95号。以下「会社登記規則」という。)を公布し、2025210日に施行した。

 

中国の商業登記に関する法令として、既存の「会社法」、「市場主体登記管理条例」や「市場主体登記管理条例実施細則」などに加え、今回新しく施行された会社登記規則は、会社(公司)の登記に特化されたものである。同規則においては、会社登記に関するルールが多数設けられているが、本稿では、中国現地でビジネスを展開する日系企業の実務に関係性が強いものとして、資本金粉飾対策強化と役員登記強制抹消公示制度を取り上げて解説する。なお、特記がない限り、本稿における「会社」と「公司」は、中国において最も一般的な会社形態である有限責任公司のみを指し、上場企業などに採用されている会社形態である股份有限公司は除く。

 

一、資本金粉飾問題

 

中国の「会社法」が19947月に施行されてから20143月までの約二十年間において、中国で会社を設立するためには、各株主が資本金を事前に払い込んだうえで、会計事務所などの専門機関による出資検査(「験資」とも呼ばれる)を受け、資本金の納付済みを証明する「出資検査報告書」、設立申請書、定款などの資料を用意しておく必要があった。

 

その後の会社法改正によって、20143月から、上記の一律の出資検査義務が廃止され、株主が会社を設立する場合は資本金を事前に払い込む必要がなくなり、設立後に定款に記載された出資期限に従って出資することが可能となった。この改正はもともとは会社設立のハードルを下げ、起業を促進するためのものであったが、当時は出資期限の法的上限がなかったため、実務上、「多額の資本金+長期的な出資期限」のセットで登記しておき、高い資本力があるように見せかけながら、出資義務の履行を数年後、ひいては数十年後に先送りするような悪用例が頻発していた。

 

これがいわゆる「資本金粉飾問題」であり、実態の伴わない「ペーパーカンパニー」によく用いられている手法の一つである。

 

一例を挙げると、20239月に海南省で「全新概念(三亜)投資集団有限公司」という会社が設立された。登記情報(図1参照)によると、同社の資本金は9,500億ユーロ(約152兆日本円に相当。)であり、その出資期限は設立後の10年間と設定されている。これほどまでに莫大な資本金を有しながら知名度が全くないというのは、いかにも怪しく見える。案の定、202311月に現地の登記機関は同社と連絡が取れないという理由で、同社を「経営異常名録」に記載した。同社は挙句の果てには公的機関からもペーパーカンパニーと認定される始末であった。

 

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二、会社登記規則における資本金粉飾対策の強化策

 

以上のように出資の実態がないにもかかわらず、登記上では大きい資本金を持っているペーパーカンパニーが点在しているため、相手先の信用力を誤認して被害を受けている(例えば、誤った与信限度額の設定により債権が回収不能に陥ってしまうような)企業も珍しくはない。弊所が把握している限りにおいては、このような被害を受けている日系企業の現地法人も散見している。

 

資本金粉飾を規制すべく、2023年の会社法改正(20247月施行)により、資本金の納付期限は設立日から最大5年以内というルールが設定された。今回の会社登記規則では対策がさらに強化されており、具体的に、20247月前に設立された会社が次のいずれか一つに該当する場合、登記当局はその実在性と合理性を調査することが可能であり、調査対象となった会社とその株主には協力義務が発生し、また、調査の結果、「異常」が判明した場合は、会社に対する是正命令が下されることとなる。

 

(異常が判定され得る条件)

・ 出資期限が30年以上

・ 資本金が10億人民元以上

・ その他の客観的な常識に明らかに反している状況

 

上記は行政手続きの一環であるとはいえ、企業の経営活動にとっても示唆に富んでいると言える。例えば、取引先の信用力調査や与信判断の際には、資本金が大きければ良いというわけではなく、資本金の規模がその経営範囲(事業目的)と経営状況に見合っているのかどうか、出資期限が異常に長いのかどうかなどを加味して検証するほうが望ましいと言える。無論、会社登記規則の下で中国当局からも「おかしい」と思われている出資期限が30年や資本金が10億元となっているような無名な会社とは付き合わないほうがよいであろう。

 

三、役員登記強制抹消公示制度

 

会社にまつわる紛争のうち、持分/株式譲渡関連の紛争はよくあるタイプであり、勝訴すれば「裁判所の強制執行登記機関での株主名義書換」というプロセスに移行する。ところが、役員登記のような人に関係する登記の強制変更は、そう簡単なものではない。弊所の経験上、たとえ裁判所の指示があったとしても、登記当局が役員の変更登記になかなか応じてくれない場合がある。

 

役員の変更登記は、完全子会社においてであれば、あまり問題にはならないが、合弁企業の場合は状況が若干異なる。例えば、合弁相手側にて任命・推薦される役員には、退任すべき役員が退任しない、後任者の指定がない、音信不通の役員を変更できない、などの様々な問題が生じる可能性がある。中でも特に深刻な例としては、董事長(法定代表者)と連絡がつかないことによって董事長の署名を要する行政手続きが進められず、又は退任すべき董事が董事会に居座り続けることによって董事会が機能不全に陥ってしまうことなどがある。

 

今回の会社登記規則では、役員登記強制抹消公示制度が新設されている。具体的に述べると、発効した法的文書(判決や仲裁判断など)に明記されている変更登記義務を会社が履行せず、役員(法定代表者/董事/監事/高級管理職/分公司責任者)登記の強制抹消(中国語:)を要請する「執行協力通知書」が裁判所から登記機関に発行された場合、登記機関はこの強制抹消に関する情報を社会に公示するものとされている。

 

内容としては、登記機関は単に「公示を行う」だけのようにも見えるが、前述のとおり、今まで登記機関は役員の強制変更登記に慎重な姿勢を保っていたため、今回の公示手続きの新設を受けて判決/仲裁判断に従った役員登記の強制抹消を間接的に認め、協力的な姿勢を示すようになるものと思われる。

 

新設された役員登記強制抹消公示制度が今後どのように運用されるのか、その実効性がどれほどになるのかについては、なおも確認を要する段階にあるが、会社登記規則の施行により、「裁判所/仲裁機関登記機関」のリレーで役員登記を強制的に変更するハードルが一定の程度においては下がったと言うことができる。実務へのアドバイスとしては、合弁企業の定款や株主間契約書においては、合弁企業と合弁相手が役員変更登記義務を負い、それに従わなかった場合は提訴の対象になるという旨を明記するなど、役員登記の強制抹消まで持っていけるスキームを予め設定しておくというような対応方法が考えられる。

 

以上


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