弁護士 張 国棟
弁護士 楊 _諾
【要旨】 国務院は2025年3月17日に改正後の「中小企業代金支払保障条例」(以下「新『条例』」という。)を公布した。同条例は2025年6月1日から施行される。今回の改正は中小企業の「回収期間長期化・回収難化」という問題を焦点として支払義務に対する拘束が強化され、違法責任の認定が細分化されており、その趣旨は中小企業の商取引環境の合理化に置かれている。中国において経営活動を展開する日系企業にとって新「条例」に対する理解とコンプライアンス上の調整は、極めて重要である。本稿においては日本の「下請代金支払遅延等防止法」(以下「下請法」という。)の制度下におけるご経験に照らしながら中国の新たな法規に対する解読と対比を行い、これを企業の方々の実務上のご参考の用途に供する。
一、 新「条例」公布の背景、政策の方向性
中国の経済構造において中小企業は占有率が高く、雇用への貢献度も高く、イノベーション能力も高い。しかし、長期にわたって大企業・国有企業等が取引における優越的な地位を占めていることから、中小企業は契約の履行や代金の支払の面において頻繁に制限を受けており、回収期間は比較的に長く、回収上の難度は高い。国家発展改革委員会のデータによると、2023年度の中小企業の売掛金の規模は人民元60兆元を超過しており、資金の流通と経営の安全性に深刻な影響がもたらされている。
中小企業の商取引環境の着実な改善に向けて国務院は2020年に同条例(番号:国務院令第728号)を初めて制定した。2025年の今回の改正の狙いは、より強制的かつ規範的な拘束の手段を通じた受給時支払(Pay-When-Paid)条項の明確な禁止、非現金決済方法の制限、全国統一通報プラットフォームの確立などに置かれており、中国国内企業の契約の管理とサプライチェーンのコンプライアンスへのより高い要求が提起されている。
二、 新「条例」における核心的な改正内容の概要
(一) 支払規則の再構築:強行規定の拘束下におけるコンプライアンス上のレッドライン
1. 支払期限、受給時支払(Pay-When-Paid)条項の禁止
l 規則の要点(新「条例」第九条):
国家機関と公的機関は30日以内に代金を支払わなければならず、これを契約に規定する場合には、支払期限は最長でも60日を超過することができない。
大手企業は貨物・工事・サービスの引渡日から60日以内に代金を支払わなければならず、これを契約に規定する場合には、支払期限は業界内の規範または取引上の慣習に適合していなければならない。
「第三者から支払われる代金の領収」または「第三者の代金支払の進捗」を支払条件とする取決めは、明確に禁止されている。
上記の規定により従前の「契約の取決めが優先する」という柔軟性の余地が消失し、中小企業の劣位に対する法的な保護の傾向が体現されている。ここで注意しなければならないのは、たとえより長い代金支払期限が契約に取り決められていたとしても、それは法規の強行規定に対抗することができず、契約の自由が必ず合法性の枠組みの下において行使されなければならないことが強調されている、という点である。
l 法律の整合:最高人民法院の2024年8月27日の回答(番号:法釈〔2024〕11号)
貨物またはサービスを調達する過程において、第三者から支払われる金額の領収を代金支払の前提とするよう中小企業と取り決めた場合には、その内容が「中小企業代金支払保障条例」の規定に違反していることから、人民法院は民法典第一百五十三条第一項の規定に基づいてこのように規定された条項の無効化を認定しなければならない。
契約の定める条項の無効化の認定後に人民法院は、案件の具体的な状況に基づいて業界内の規範や双方の当事者の取引上の慣習等を踏まえた上で大手企業の代金支払期限と相応の違約責任を合理的に確定しなければならない。双方の当事者は滞納代金の利息計算・支払基準に対する取決めを行っている場合には、取決めに従って処理し、取決めが違法であり、または取決めを行っていなかった場合には、全国銀行間資金調達センターが公開する一年物ローンプライムレートに従って利息を計算する。期限超過払いに対する補償が契約の代金に既に含まれていたことを理由として大手企業が違約責任の軽減を要求した場合において、審査を経て抗弁の理由が成立したときは、人民法院はこれを支持することができる。
2. 非現金決済に対する制限(新「条例」第十一条)
国家機関・公的機関・大手企業は商業手形・売掛金電子証憑等の非現金決済の方法を使用して代金を中小企業に支払う場合には、契約において明確かつ合理的な取決めを行わなければならず、商業手形・売掛金電子証憑等の非現金決済方法の受入れを中小企業に強制することができず、かつ、商業手形・売掛金電子証憑等の非現金決済の方法を利用して代金の支払期限を実質的に延長することもできない。
3. 係争中の代金の分離的な支払(新「条例」第十五条)
局部的な争議により全体的な代金支払の遅延がもたらされる事態を回避するために、新「条例」においては次のような条項が追加されている。
「国家機関・公的機関・大手企業と中小企業との間における取引において、争議が部分的には存在しているものの、その他の部分の履行に影響を及ぼさない場合には、争議に係らない部分については、速やかな代金支払の義務を履行しなければならない」
実務の取扱上、契約締結の時点においては項目ごとの検収と代金の支払に関する条項(例えば工事の進捗に従った段階ごとの支払など)を明確にすることができる。係争中の部分については、これを仲裁または訴訟を通じて解決することができるが、紛争に関わらない代金の支払に影響を及ぼすことはできない。
(二)監督管理強度の引上げ:信用懲戒・透過的責任追及
1. 全国信用連動懲戒(新「条例」第二十六条)
企業はもしも期限のとおりに代金を支払わなかった場合には、全国信用情報共有プラットフォームに記録され、社会に公示される。重大信用失墜リストに組み入れられた企業を対象としては、市場への参入が制限され、政府調達・融資・優良企業査定などの活動への参加も制限される。国家機関と公的機関を対象としては、公務における消費や事務所の使用などが制限され、「一件の違法行為により所々における制限がもたらされる」という連動的な体系が形成される。
2. 二重の処罰、個人的責任追及の仕組み(新「条例」第三十三条・第三十五条)
国有大手企業:政府調達プロジェクトにおいて、もしも財政資金の支払が遅延した場合には、支払の責任者を明確にしなければならず、責任の転嫁が厳格に禁止されており、滞納により望ましくない結果がもたらされた場合には、管理者に対する処分が行われる。また、国有企業の場合には、より厳重かつ全面的な監督管理の範囲に組み入れられ、その調達代金の支払義務は特別な免除を受けない。
報復攻撃の禁止:通報企業に対する脅迫または報復を実施した場合には、その直接の責任者は刑事責任を追及されるおそれがある。
二重の処罰:規律に違反して受給時支払(Pay-When-Paid)条項を取り決めた企業が、人民元10~50万元の過料に処せられるとともに、その直接の責任者も、人民元1~10万元の過料に処せられる。
3. 通報制度の明確化(新「条例」第二十五条)
中小企業権益保護ルートの円滑性を保障するために、新「条例」においては通報処理の仕組みが完全化されて通報用のプラットフォームが設立され、これに関わる期限が明確にされている。通報受理部門は正式な受理日から10営業日以内に手続に従って通報案件を通報処理部門に転送しなければならない。通報処理部門は30日以内に処理結果を書面をもって通報者にフィードバックしなければならない。状況が複雑であり、またはその他の特別な原因があった場合には、処理期限は最長でも90日を超過することができない。また、通報受理部門、通報処理部門、通報者、被通報者などの各主体の権利と義務も明確にされている。
三、 日本の「下請法」の概要、日中間における制度の比較
(一)日本の「下請法」の概要
日本においては1956年に「下請代金支払遅延等防止法」が既に制定されており、その趣旨は中小下請企業の取引における権利の保護、および大企業による優越的な地位の濫用の防止に置かれている。同法は幾度にもわたる改正を経ており、直近の一回の改正は2009年に行われている。「下請法」は独占禁止法の特別法として独占禁止の観点から制定されており、その趣旨は日本の全ての大手企業による優越的な地位を濫用した中小企業の利益の抑圧と侵害に対する制限に置かれている。
例えば、日産自動車は2021年から2023年までの間に「コスト削減」を理由とし、規律に違反して36社のアウトソーシング企業の日本円30億円にのぼる代金の上前をはねていたことから2024年3月に日本の公正取引委員会によって下請法第6条に従った代金の返還と是正が命ぜられている(同条の文言は以下のとおり:「発注者は一方的な理由をもって代金の利ざやを獲得し、または代金の支払を遅延することができない。違反者は代金および滞納利息の返還責任を負担しなければならない」)。市場における地位を濫用した支払遅延行為に及ぶ大手企業を対象とする立法の面からの抑止を通じた「強硬的ではない監督管理+業界内の自律」という特色を帯びた制度的な枠組みが、日本においては形成されている。
主な制度上の要点には次のものが含まれている。
1. 支払期限の強制(原則として大企業は貨物の引渡日またはサービスの完成日から60日以内に代金を支払わなければならない。)
2. 不当な値下げや返品の強制などの行為の明確な禁止、下請企業の価格をめぐる交渉と貨物・工事・サービスの引渡しにおける権利の保護
3. 後続の監督管理と紛争の処理に便宜を図るための書面の契約と代金支払記録の保存の主要な企業への要求
4. 公正取引委員会を主管機関とする行政処分権の具備(命令、課徴金徴収、公示などを含む。)
5. 規律に違反した企業に対する「名誉懲戒」の実施、違反企業リストの定期的な公開
(二) 日中間における制度の比較:取扱上の差異、コンプライアンス面における示唆
比較要素 | 中国の新「条例」 | 日本の「下請法」 |
立法の性質 | 行政法規(国務院令) | 独占禁止法の特別法 |
適用範囲 | 大手企業・国家機関・公的機関と中小企業との取引 | 大手企業と中小下請企業 |
支払期限 | 国家機関・公的機関は30日。最長でも60日を超過しない。大手企業は60日。契約の取決めは業界内の規範または取引上の慣習に適合していなければならない | 発注者と請負人の間において検査または検収の期限が取り決められていたのか否かにかかわらず、発注者は一律に必ず請負人の貨物・工事・サービスの引渡日から60日以内(ひいてはより短い期限内)に代金の支払を完成しなければならない(第2条の2) |
代金支払 方法 | 商業手形・売掛金電子証憑等の非現金決済の方法の受入れを中小企業に強制することができず、かつ、商業手形・売掛金電子証憑等の非現金決済の方法を利用して代金支払期限を実質的に延長することもできない | 「下請法」においては代金の支払方法に対するあまり多くの制限規定は設けられておらず、ただ「満期後に現金化が困難な手形」という代金支払方法の使用の禁止という制限のみが規定されている(第4条) |
滞納利息 | 取決めがある場合には、それに従う。取決めが違法であり、または取決めがなかった場合には、全国銀行間資金調達センターの公開する一年物ローンプライムレートに従って利息を計算する | 「下請法」においても期限超過後の利息は同様に規定されている(第4条の2)。ただし、契約に取決めが行われていた場合における取扱方法に対する限定は行われておらず、ただ公正取引委員会の規則の規定する利率に従った遅延利息の支払のみが要求されている |
親会社の 責任 | 明確にされていない。ただし、関連当事者取引審査を通じて責任を追及することができる | 親会社は子会社の支払行為に対する監督責任を負担する(第4条) |
監督管理 モデル | 行政主導: 信用懲戒+市場参入制限 | 業界内の自律:公正取引委員会からの勧告+公開的なけん責。市場参入制限は設定されておらず、懲戒の強度は比較的に低い |
示唆:中国の新「条例」における支払義務に対する拘束は、より強制的であり、行政上の干渉と信用懲戒が、より強調されている。一方、日本の制度は制度の常態化・透明性と行政上の独立的な監督が、より重視されている。在中国日系企業はコンプライアンスの重心を「事後の対応」から「事前のリスクマネジメント」に移行させなければならない。
四、 在中国日系企業の方々へのコンプライアンス上のご提案
(一)中小企業の方々へのご提案
中小企業はその他の企業または組織と契約を締結するに当たっては、自らの企業規模の類型を主体的かつ明確に相手方に告知しなければならず、その開示方法については、契約の条項において明確な取決めを行うことを優先的に選択し、証拠の据置きを遂行されるようお勧めする。
契約締結の過程においては、新「条例」の支払期限、支払方法、支払条件、違約責任などの面における規定に従って契約中に詳細な取決めを行うことができる。
もしも国家機関・公的機関・大手企業による代金支払の拒絶または遅延の状況に遭遇した場合には、代金滞納組織との積極的な意思疎通や協議を通じて解決を図るほか、新「条例」において付与されている権利を活用して権益の保護を行い、自らの合法的な権益を合理的かつ合法的に保障することができる。
(二)大手企業の方々へのご提案
契約の条項を改めて審査し、受給時支払(Pay-When-Paid)条項を削除する。段階ごとの代金支払の条件を明確にし、支払条項が「30日/60日」の規定に違反しないよう確保する。
代金支払台帳と工程記録制度を確立し、サプライチェーン契約の法令遵守を定期的に検証する。これにより監督管理上の抽出検査への対応または争議における挙証に便宜を図る。
企業信用情報を重視し、代金の滞納によりブラックリストに組み入れられ、融資または政府の業務に影響が及ぶ事態を回避する。
法務コンプライアンス連絡窓口を設置して通報を速やかに処理し、通報の受理日から30日以内に書面の回答を提出し、信用記録への悪影響を回避する。
新「条例」の第19条を踏まえて大手企業は中小企業代金支払保障業務の状況を企業のリスクマネジメント・コンプライアンス管理体系に組み入れ、代金の中小企業への速やかな支払を自社の完全子会社または子会社に督促し、中国子会社の支払行為に対する監査制度を確立して連帯責任負担のリスクを回避しなければならない。
五、 まとめ
中国における新たな「中小企業代金支払保障条例」の実施により、制度の面において大手企業・中堅企業による契約義務のより公平な履行が推進され、法治化された商取引環境が構築される。新「条例」と日本の下請法との核心的な差異は、中国の場合には「行政的な強制性」をもって支払遅延の局面が打開されるのに対し、日本の場合には「業界内の自治」に強く依存している、という点にある。在中国日系企業としては、中国におけるコンプライアンス上の要求を契約に組み込まなければならない。さらに、日本のサプライチェーンにおける長期的な協調的行動という理念(例えば下請法の趣旨である「公正な取引」の確保など)に鑑み、本国の「下請法」の下におけるコンプライアンス上の経験をもとに、内部制度の調整とリスクの評価を可能な限り早期に展開し、これにより経営の法令遵守、関係の穏健性、およびリスクの制御可能性を確保し、効率と法令遵守を両立させる支払管理体系を構築しなければならない。将来的には日中両国の経済貿易規則の相互作用と深化に伴い、企業コンプライアンスは両国の制度的な枠組みの下において動的な均衡化が図られなければならない。
関連リンク:
1. 「中小企業代金支払保障条例」(国務院令第802号,2025年)https://www.gov.cn/zhengce/zhengceku/202503/content_7015405.htm
2. 最高人民法院「大手企業と中小企業の取り決める第三者から支払われる代金の領収を代金支払の前提とする条項の効力の問題に関する回答」(法釈〔2024〕8号)http://gongbao.court.gov.cn/Details/a56bf04193752b0ae2dd77152dbeb3.html
3. 下請代金支払遅延等防止法 - 日本語/英語 - 日本法令外国語訳DBシステム
https://www.japaneselawtranslation.go.jp/ja/laws/view/3763#je_at12
4. 日産自動車株式会社に対する勧告について-JFTC(2024年3月7日)
https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2024/mar/240307_nissan.pdf
(終)